hansuu

くだらない生活と脳みそ

REM:110226

あやふやで唐突、そして残酷なほど最後まで何も教えてはくれない。夢は冷たい。

 

十九歳、早春。私は学生をやっている。ごく普通の、当たり障りの無い大学生だ。たとえば、大して旨くもない写真映えするだけの喫茶店で何時間も喋ったり、サークルや部活の人間関係が面倒臭くて辞めたくなったり、寝坊して勝手に一コマ目を自主休講にしてみたりする、その辺に散らばっている量産品だ。今は、家から車で小一時間離れた母の実家で暮らしている。大学にはそこから通っている。車がないと不便な、海辺で山の麓の街だ。潮と土の匂いのある小さな街。家の隣の小学校が廃校になるのはきっと時間の問題だし、たまに携帯電話の電波が届かない、頼りない街だ。

あるとき、半年間の留学が決まった。どこへ行くのかは、知らない。他人のために作業をしているような気分で留学のための手続きをする。半年以上の留学は留年することが決められているらしい。留年はしたくなかったかな、と少し思ったくらいで不思議と抵抗はしなかった。内容が一つも頭に入ってこないまま、それは呆気なく終わった。そこに私の意思はなく、「留学しようか」と笑顔で言う母と、潮と土の匂いだけが存在していた。

私は母とキャンパスを並んで歩く。「あいつ、留学するんだって」という囁きが後ろから聞こえた。私の所属学部から留学者が出ることは滅多になく、周囲からの視線は少し痛かった。聞こえてきた声は、仲の良かった友人のものではない。笑えるほど従順に、私は連行され、車に乗った。さらば、大学。見送りには誰も来なかった。

気付けば車は、自分の背丈ほどの擁壁が無限に続く道を走っていた。面白味のない単調な景色に半ば飽き飽きしていたのだろう、

「向日葵」

擁壁の切れ目から一瞬、微かに見えたものが意識なく口から放たれた。自分が発した声と季節外れの花の姿に少しばかり驚いて、目線をミラー越しのハンドルを握る母の方へずらす。彼女は黙ったまま路肩に車を寄せ、エンジンを切り、隙間から覗く黄色い花に向けて「綺麗ね」と言ってこちらへ振り返った。私はその言葉には応えず、後部座席のドアを開けた。花なんか興味ないのに、無性に壁の向こうが見たくなって夢中で攀じ登った。手からは少し血が流れた。

綺麗だった。

擁壁の向こうには、向日葵が川辺に咲き乱れていて、黄色と水色が、無限に続く擁壁に沿ってどこまでも続いていた。母は、カメラを私の方に向けた。代わりに私は、血だらけの手でピースを作りながら笑顔を彼女に向けた。

「留学先ってどこ」

今日はじめて母に口をきいた。しかし、私の質問に彼女は答えない。少し風が強いから聞こえなかったのだと思い、もう一度同じ言葉を叫ぶ。良く聞こえるように今度はゆっくりと大きな声で。母は、相変わらず笑ってこちらをじっと見ていた。どこか嬉しそうな、今にも泣きそうな顔をしていた。

その顔を見たとき、気が付いてしまった。

ああ、自分は死ぬのかもしれない。

母の表情が嫌に腑に落ちてしまって、言葉に出来ない感情でいっぱいになった。あれからどうやって家に帰ったのかわからないが、気付けば祖母の家にいた。いや、帰った先が本当にあの家だったのか、もうよくわからない。そのとき母はいたのか、思い出せない。向日葵の向こうに小さく誰かを見た気がするのに、それが誰だったのかわからない。もしかしたら、そのときにはもう自分は死んでいたのかもしれないし、実は亡くなったのは母の方で、その小さな誰かは彼女だったのかもしれない。

 

この日から、私にとって向日葵は、真夏の元気で明るいイメージではなく、死を連想させるものへと一変した。そしてこの日から、私は夢を綴るようになった。